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しゃしんの『写』

2009 年 2 月 25 日

過日、「絵、まるびぃ(金沢21世紀美術館)に、展示してもらったし、みにきてぇ?」

と、娘がいうので、みにいってきました。

まず、その題名に感心しました。

「 しゃしんの 『写』 」 ???

黒く塗った紙の上に、14枚の白い紙をならべたようにみえるワクが描かれ、

その中に、それぞれ絵が描いてありました。

近くで見れば、14枚の絵。

離れてみれば、題名どおり、「 しゃしんの 『写』 」? 。

絵は、ひいき目に見ても、やっぱり、どうみても、中学生の絵です。




しゃしんの 『写』 2009年 むすめの絵

しゃしんの 『写』 2009年 むすめの絵



写真をイメージした小さなワクの中に、心にうつったもの、眼でみたものを、素直にすくいとって、そのままかきうつしています。

樹木・橋・トンボ・小枝?・イス・チューリップ・葉・池の縁石・田んぼの畦道・用水路・犬の尾・絵の具と筆・夕陽・虹。よく見ると、文字の交差する部分に田んぼの畦が使われています。

「 しゃしんの 『写』 」。

絵の前で、いろいろ考えさせられました。

広辞苑第五版 「写」「寫」

広辞苑第五版 「写」「寫」



「写」は広辞苑によると、

意味は、

(1) 字や絵を原物をまねてかきうつす。字・文章を書く。
(2) 光学的に像をうつす。「写真・映写・試写」
(3) おきかえる。移し入れる。

とあり、

解字は、

外から家の中に物を移す意。転じて、物をうつしとる意。

とありました。

密教の世界の体得は、大乗仏教の唯識説に説く転識得智の説をもって、五つの仏様と、五つの智慧であらわされています。

その一つに、アシュク如来 の「大円鏡智=だいえんきょうち (明鏡にたとえられた清浄無垢な心より生じる智)」 があります。素直なこころを清浄無垢な美しい鏡にたとえています。

それは、あたかも光学的に像(カタチ)をうつすかのごとく 「 無心 」 。

「 しゃしんの 『写』 」。

あれこれ思いをめぐらすうち、まったく素直でない自分に気がつき、思わず後ろをふり返りました。と、次の瞬間、猛烈に恥ずかしくなりました。なんと理屈の多いこと… (超赤面)

ちなみに、去年の彼女の展示作品は、ハガキ半分くらいの紙に、ひょろひょろの、モヤシが一本‥? :shock:

 
カテゴリー: よもやま話 タグ:
  1. 美珠
    2009 年 2 月 25 日 20:02 | #1

    さすが!蛙の子は蛙。
    たまには・・・素直な心を学びましょ?。

  2. ハル
    2009 年 2 月 27 日 17:37 | #2

    パソコンから離れてみて、初めて「写」という文字が見えてきました!なるほど?。
    発想がスゴイ。やさしい色合いが、心安らぎます。
    私はというと、いつから頭のカタイ大人になったのだろう・・・。

    モヤシも見たかったです。

  3. marici
    2009 年 2 月 27 日 22:19 | #3

    美珠 :
    たまには・・・素直な心を学びましょ?。


    ハル :
    いつから頭のカタイ大人になったのだろう・・・。

    そうですよね。
    「頭」 もカタイし、「自分」 への執着は、もっと強い‥
    お互いに‥

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