しゃしんの『写』
過日、「絵、まるびぃ(金沢21世紀美術館)に、展示してもらったし、みにきてぇ?」
と、娘がいうので、みにいってきました。
まず、その題名に感心しました。
「 しゃしんの 『写』 」 ???
黒く塗った紙の上に、14枚の白い紙をならべたようにみえるワクが描かれ、
その中に、それぞれ絵が描いてありました。
近くで見れば、14枚の絵。
離れてみれば、題名どおり、「 しゃしんの 『写』 」? 。
絵は、ひいき目に見ても、やっぱり、どうみても、中学生の絵です。
写真をイメージした小さなワクの中に、心にうつったもの、眼でみたものを、素直にすくいとって、そのままかきうつしています。
樹木・橋・トンボ・小枝?・イス・チューリップ・葉・池の縁石・田んぼの畦道・用水路・犬の尾・絵の具と筆・夕陽・虹。よく見ると、文字の交差する部分に田んぼの畦が使われています。
「 しゃしんの 『写』 」。
絵の前で、いろいろ考えさせられました。
「写」は広辞苑によると、
意味は、
(1) 字や絵を原物をまねてかきうつす。字・文章を書く。
(2) 光学的に像をうつす。「写真・映写・試写」
(3) おきかえる。移し入れる。
とあり、
解字は、
外から家の中に物を移す意。転じて、物をうつしとる意。
とありました。
密教の世界の体得は、大乗仏教の唯識説に説く転識得智の説をもって、五つの仏様と、五つの智慧であらわされています。
その一つに、アシュク如来 の「大円鏡智=だいえんきょうち (明鏡にたとえられた清浄無垢な心より生じる智)」 があります。素直なこころを清浄無垢な美しい鏡にたとえています。
それは、あたかも光学的に像(カタチ)をうつすかのごとく 「 無心 」 。
「 しゃしんの 『写』 」。
あれこれ思いをめぐらすうち、まったく素直でない自分に気がつき、思わず後ろをふり返りました。と、次の瞬間、猛烈に恥ずかしくなりました。なんと理屈の多いこと… (超赤面)
ちなみに、去年の彼女の展示作品は、ハガキ半分くらいの紙に、ひょろひょろの、モヤシが一本‥?





さすが!蛙の子は蛙。
たまには・・・素直な心を学びましょ?。
パソコンから離れてみて、初めて「写」という文字が見えてきました!なるほど?。
発想がスゴイ。やさしい色合いが、心安らぎます。
私はというと、いつから頭のカタイ大人になったのだろう・・・。
モヤシも見たかったです。
そうですよね。
「頭」 もカタイし、「自分」 への執着は、もっと強い‥
お互いに‥