終生の生活目的
2009 年 2 月 2 日
これは、金山穆韶(かなやまぼくしょう・1876-1958)前官さまを尊敬しておられた田中千秋先生のお言葉です。
(略)
私は老師の雰囲気の清らかさを尊敬しました。老師がたぐい少ない学僧であった事は申すまでもありませんが、それと共に朝暮に坐禅瞑想して、より深く神人合一の境を体得しようとする御努力には敬服すべきものがありました。老師の清らかさをもたらしたものは、うむ事をしらない坐禅瞑想でございます。
(略)
学問もとより大切であるが、坐禅冥想して心をきよめ、ついには一挙手一投足をも清めることこそ、老師終生の生活目的であった事がはっきりするのでございます。
老師が身を以て教えられたこの一事こそ、また弘法大師の御精神であると、ありがたくありがたくいただいています。
(「清らかな老師さま」昭和33年6月・『田中千秋著作講話集』)
「生涯をかけて一挙手一投足が仏教化する工夫」が真言行者の一大事であると、謹んで拝聴させていただきました。
はるかにおばずながら、日々精神の修養に心を用いたいと思います。




昨年末、高野山大学の「地域を考える連続講義」に招かれて、学生さんたちに高野山足湯隊の足湯を伝授する際、ちょうど歴代学長様の尊影が奉掲される教室で実際に足湯を体験していただきました。貴いご縁をいただきありがとうございました。
清らかな瞑想生活にあこがれますが、なかなか俗塵にまみれっぱなしです。
般若心経と1本のお線香でお勤めするのが精いっぱいです。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。
@大法螺窟
それこそ、究極の瞑想生活です。
貴僧のうむ事をしらない読経と念仏三昧に心を打たれます。
まことにすばらしいです。
南無阿弥陀仏。