心の坐り
2009 年 5 月 3 日
5月2日、書の恩師、木本南邨先生ご夫妻が来山くださいました。
先生は、学生時代から小坂奇石先生に師事され、直筆蔵峰の書法を得意とする書家です。
たまたまご縁があって、高野山時代に8年間、先生に書の手ほどきを受けました。良き師のそばにいながら、肝心の書の方はさっぱりでしたが、それでも、先生の人柄に魅せられ通い続けました。
当時、高野山から大和高田の先生のご実家まで月に3度足を運び、ヒマさえあれば4畳半の自室で字を書いていました。丸一日墨すり機を回し、1日で10丁型の墨を1本すり切ることもありました。山のような反古紙に包まれ、眠ったこともしばしばでした。
私の書を盗め。
消えて無くなる、その瞬間を盗んで帰れ。
先生のすぐそばで、弟子が書いてきた作品を朱正する先生の手元を見つめ、また手本書きを見ていました。教室で字を書くことは1度もありません。ただ、見て帰るだけです。
ある日、みんな帰った後、先生の作品作りを拝見する許しをいただきました。
大きな紙の上部をおさえながら、筆からバリバリ音をたて、字が飛び出る瞬間を。
私の仕事は、ほんの数分‥。
でも、そのために、毎日、数時間、筆をとっている。
君が私に追いついた頃、私は遙か先を行っている。
その差は、一生縮まらない。それが師弟というものや。
まったく空気が変わる。呼吸を忘れる瞬間。
プロの仕事場を目の当たりにできたことは、以後の私の生きざまを決定づけました。生きる道は違えども。
君は護摩の行者やろ。
私は線の行者や。
この道は同じ。
14年前、先生は入寺する私に 「慈(全紙・4尺×3尺)」 という一文字を書いて下さいました。
一期一会の祈りの坐を重ね、寺を訪れる方々をいつくしみ、また、いつくしまれるような僧となれ、といわんばかりに。
それは、きびしくもあり、またあたたかい、鎮座まします弥勒仏ような一幅でした。
一点一画が仏教化する書。こりゃ、かなわんわ、、 この書の坐りは、どうだ。
いつの日か、肉身に三昧を証じ 、しっかりと 坐られるようになりたい。




大慈三昧の一文字とは・・・
なまんだぶなまんだぶ。