能登はやさしや
2009 年 5 月 21 日
能登半島地震で住む家も仕事場も失ったOさんは、輪島市の仮設住宅で生活を余儀なくされていました。今年4月末日、仮設住宅の退去にともない復興住宅へ引っ越されました。何度も足湯に顔を出してくださり、いつのまにか氣やすくお話しさせていただきました。
Oさんは、輪島塗の職人さんで、「脱乾漆」という技法を得意とされたお方です。興福寺の阿修羅像などが同じような技法で制作されているようです。仮設住宅内に仕事場を設けたOさんは、足湯のお礼にと、私たち足湯隊のメンバー(能登によく通った20数名)全員に香合をこしらえてくださいました。
ここに、Oさんの作品が一つあります。ピンポン球のように軽くて、もっと小さい、ころりとかわいい、つるつる、ぬくぬくの携帯用香合です。
これも「脱乾漆」という技法で制作されています。木型を用いず、もとからガーゼのような布に漆を塗って、乾燥後ヤスリをかけ、また布を重ね、漆を塗る。そして、乾燥を待って、ヤスリをかけ、さらに布を重ね、また、漆を塗って整形。果てしない作業をくり返し、ようやく完成です。
「手のひらに入るほど、小さいモノほど、うるさいな..。」
小さなモノほど、手間がかかって、細工がむつかしく、特に研磨が大変だということを何度か聞かされました。広い工房ならともかくも、足の踏み場もないような四畳半の仮設の一室に閉じこもり、塗っては削り、塗っては削り、理想とする微妙な曲線がでるまで、手を休めることなく、黙々と作業しておられました。
ある時、狭い仮設で作業を見つめていると、 「一文字、何か、書いて」 と、いきなりメモ帳を手渡されたことがありました。「何がいいですか?」 と、お尋ねすると、「幻」 と即答されたことを、今でもはっきりと覚えています。そのとき、私が書いた「幻」の一文字は、Oさんが仮設を退去されるまで作業台正面に貼ってありました。Oさんは、職人気質で無口な方でしたが、私に書かせた一文字が苦悩の現実を代弁しているかのようでした。
Oさんの足湯をするたび、高野山で携わった漆の仕事や、趣味の毛針の話をよく聴かせていただきました。
引っ越し後、これからも 「漆一筋」 に精進して行かれるであろうと思っていました。
ところが、18日、新聞でOさんのご逝去を知った足湯隊のメンバーから悲しい連絡がありました。ただただ驚くばかりです。ご生前のお姿を偲び、心よりご冥福をお祈りいたします。少し遅くなりましたが、本日、これから足湯隊の仲間といっしょにご焼香に伺います。
香合を手に取るたび、故人の人となりが思い出されます。漆の香りに満たされた、あの仮設の一室を思い出し、万感胸に迫るものがあります。
南無






一緒に行きたかったです。
Oさんへの思いは、足湯メンバーそれぞれあるようで・・・。
メンバー分、お参り、よろしくお願い致します。
最近、石川の方のアクセスが多いようです。天狗さまのご利益でしょうか?
「漆の香り」を嗅ぐたび故人を思い出します。
心に響く香りの1つです。
氣持ちは、みんないっしょ。ちゃんとお伝えしましたよ。ご安心ください。
また行こうね!
何もかもぜーんぶ準備して、最後の作品ちゃんと仕上げてから、風のように逝ってしまわれました。
あの作品を見た瞬間、「ご夫婦の命みたいですね」って、言ってたけど、ほんと、そうですね。同感です。