青不動尊
2009 年 10 月 9 日
青不動尊を観想するために、19のパートからなるイメージ冥想法が伝えられています。
弘法大師撰 『カン十九種相観想略頌文』 がその一つです。その三昧の境をかきとどめた絵画も伝存しています。
そのイメージは、おおむね次のとおりです。
- 大日如来の化身
- ア・ロ・カン・マン
- 火生三昧
- 童子形
- 頭頂に七沙髻
- 左に一弁髪
- 額に水波しわ
- 左の目を閉じ、右の目を開く
- 下の歯で右上の唇をかみ、左下の唇の外に出す
- 口を固く閉じる
- 右手に剣をとる
- 左手に羂索を持つ
- 行者の残りものを食べる
- 大盤石の上に安坐する (あるいは、立つか)
- カラダの色は青黒い
- 奮迅して忿怒形
- 光背にはカルラ炎
- クリカ龍が剣にまとわりつく
- 二童子が侍す
20年前、京都国立博物館で青不動を拝観し、その顔貌をデッサンして帰ったことがあります。その際、自分が転写した面貌からは怒りというより、むしろ腹の底からにじみ出るような、何か深いあわれみのようなものの存在に氣づき、身震いしたことを思い出します。
先日、佐用町の瑠璃寺さんをおまいりさせていただいたおり、ふと、この山にも「青不動尊」がいらっしゃったことに氣づきました。湿気の多い山寺では仏画の管理がむつかしく、恐らくは博物館に保存を寄託しておられるはずです。平安末?鎌倉初期の「青不動尊」の作例で、薄いオレンジと朱色の火焰光が印象的な名作です。ここに来させていただくまで、スッカリ忘れていました。
もし、「青不動尊」を薄暗い本堂に奉祀し、そのまま護摩供を修すれば、やがて護摩供の火焰に本尊が照し出され、バックの火焰光と呼応し、その面貌の細部までクッキリと浮かび上がることでしょう。まさに、行者冥利に尽きる、至福の一瞬です。
能登半島地震では、駆けつけたお寺で、床に落ちてバラバラになった「青不動尊」が私を出迎えてくれました。その時の衝撃が、災害ボランティアを始めるキッカケになりました。
ここでもまた、「青不動尊」のお導きをいただいたようです。
さて、今度の使命は、何だろうか…




自分の心の中のイメージをどう表現したら良いか、ここ一ヶ月ずーっと迷っています。
描いても描いてもうまくいかず進まない¨
大祭で引いたおみくじは凶でした。
この事か!?耐えたいと思います。
足湯隊、頑張ってください。
この3年間、人を使うという立場で仕事をしてきました。
私に不向きな”忍耐”を経験させられたように思います。
中間管理職というのでしょうか?そんな立派な立場ではないですが、
上と下に、そして横に挟まり、もがいていました。
今思えば、周り全ての方が、私を成長させてくれるチャンスをくださったんだと
理解できます。そしてものすごく感謝しています。
今、、、少しずつですが、ステージが変わりそうです・・・。
変化の年・・・でしょうか・・・。
こんなコメントですみません。
久しぶりにブログをのぞいて、書かずにいられませんでした。