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第5陣高野山足湯隊、現地レポート

2011 年 7 月 31 日

おかげさま

下記の日程で第5陣高野山足湯隊の現地派遣をおこないました。

〔日程〕7月22日(金)~26日(火)

〔行先〕宮城県南三陸町

〔活動〕足湯(131人)・炊き出し(360食)・かき氷(600食)・下座行(弘法寺)

〔支援物資〕花火・化粧品・衣類・お菓子・文房具・雑貨など

7月22日(金) 15:00-19:30 自然の家(仮設住宅)で足湯。
7月22日(金) 《夕食》炊き出し(焼きうどん300食)
7月23日(土) 8:30-10:20 旭が丘、慰問。
7月23日(土) 10:40-14:00 ながしず荘(避難所)で足湯。
7月23日(土) 19:00-22:00 ながしず荘(避難所)で線香花火大会。
7月24日(日) 9:00-14:00 平成の森(避難所・仮設住宅)で足湯。
7月24日(日) 《昼食》炊き出し(焼きうどん60食)・かき氷(320食)
7月25日(月) 10:00-14:00 ベイサイドアリーナで足湯・かき氷(280食)
7月26日(火) 弘法寺(大崎市)で下座行。

線香花火大会

線香花火大会



おかげさまで、様々な現地のニーズに柔軟に対応できる力がついてきたように思います。 現地は刻々と変化しています。ボランティア・コーディネートは不要。適材適所、そのとき、その場に、お集まりくださった隊員の熱意を尊重し、みなさんにお任せしています。すばらしいチームワークです。全国各地よりご参集下さる皆様には、心より感謝しています。出陣のたび、新たな発見があります! わが同志は宝です。本当にありがとうございます。

また、今回も、高野山真言宗の絶大なるご支援をいただきました。岩田さん、藤井さん、ありがとうございました。

今後、仮設住宅にマトを絞って、持てる力を合わせ、より柔軟で小回りのきく、ふれあいを心がけたいと思います。どうかよろしくお願い申し上げます。

たくさんの方々のお力添えで、少しお手伝いができたようです。

これからもよろしくお願いいたします。  

 

(被災地の風景5) 波伝谷観音

南三陸町のなかでも、戸倉字波伝谷(とぐらあざはでんや)の津波被害は甚大です。お家の基礎ごと波にさらわれ、あたり一面、更地が拡がるばかりで、何もありません。そこに緑が生い茂り、得も言えない雰囲気をかもしだしています。

7月21日、現地に入るやいなや、地元のボランティアから、波伝谷の海岸沿いに観音様が出現したという話を知らされました。

海にガスのかかる日や、夜中、自動車のライトに照らされるお姿に思わず手を合わせるそうです。昼、近くで見ると、波で折られた枯れ木とわかりますが、それでも、畏れ多くて、撤去されずに残っているというのです。

そこで、さっそく、現地に急行しました。あ~ら、びっくり。海沿いに、謎のシルエットが・・ 遠くから見ると、確かに観音様でした。右手が与願印、左手を垂れ水瓶を執っています。角度によっては、子どもを抱いているようにも見えます。そのお姿は、だれが、どこから見たって、観音様です。

毎月、同じ場所を通っていましたが、まったく気がつきませんでした。 それもそのはず、海岸には瓦礫が堆く積み上げられていたからです。瓦礫の撤去を業者に依頼したそうですが、一向に進まぬ作業に業を煮やしたある作業員が、いきなり瓦礫に火を放ったそうです。

ところが、びっくり。その焼け跡から、観音様が現れたというのです。
しかしです。話はこれだけではありません。

足湯に来られたMさん(同地区避難所の代表)から観音様にまつわる裏話を教えてもらいました。実は、その昔、彼の地には、実際に観音像をおまつりしていたそうです。それが、いつのまにか、誰かに持ち去られたのだとか・・

ところが、どっこい。この度の津波で瓦礫が押し寄せ、それを焼き払ったところから、突如として、観音様があらわれたのです。火を放った作業員が、腰を抜かしたのは、想像にかたくありません。

被災地の新たなシンボルとして、観音様を保存しようという動きがあるとか、ないとか・・
ミステリーゾーン、戸倉にふさわしいお話しです。


観音様、どうか現地のみなさんをおまもりください。

南無波伝谷観世音菩薩
南無観音妙智力

 
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