千書万香
去る3月、恩師木本南邨先生(書家・高野山大学名誉教授)がお弟子さんを連れて遊びに来て下さいました。先生が全紙に大書した一字作品「慈」の前でなつかしい話に花が咲きました。
その後、書道美術新聞から原稿依頼があった際、私のことを書いて下さったようです。今日、手紙とともに新聞記事のコピーが同封されていました。
おおぜいお弟子さんがいらっしゃるのに、いつまでもこうして覚えていて下さって光栄です。ずっと前、先生がおっしゃった「君が護摩の行者なら、私は線の行者だ。」という言葉が忘れられません。
先生、どうもありがとうございます。
【T僧侶の実践】去る3月中旬のある日、小雪の舞う中を仲間6人と金沢へ行った。懐かしいT僧侶に会うためである。今から25年前、高野山西室院で小坂奇石先生が主宰されていた「璞社」の錬成会が初対面であった。当時、彼は高野山内の国宝・重文等を収蔵し管理研究する「霊宝館」の学芸員として務めていた。以後8年間、彼は片道2時間をかけて、熱心に私の自宅まで稽古に通い続けた。彼の純粋で鋭い感性と旺盛な研究心が相まって、実力をめきめき付けていった。私は30歳前の彼に、書の世界での活躍と将来を期待した。
それから8年後、彼は金沢の寺に、江戸初期に創建された古刹の住職として僧侶に専念した。そのお寺には檀家はない。当初は経済的に非常に厳しかったが黙々と信者のために汗水し、真言密教の難行を幾度となく成満し、信者からの信頼を得た。
数年前に能登の大震災では「足湯隊」を組織し、被災者に寄り添うようにケアに努めると共に、真言宗寺院の被害も調査した。また、昨年3月の東日本大震災では、1ヶ月を経ずして南三陸町に入ったと聞いた。その惨状には言葉もなく、自然の猛威と人間の無力さをつくづく思い知らされ、数回にわたって被災地を往還したという。
昨夏、東京ビッグサイトで開催された「第8回高野山医療フォーラム」で彼は、「被災地における慶弔オランティア」と題して講演し、さらに今年1月下旬にはNHK第2の「宗教の時間」でも、30分間の講話をした。反響は大きかったという。
彼は今、52歳。私たちが再会したその夜、彼は再び夜行バスで被災地へと向かっていった。
(2012年4月25日『書道美術新聞』《別冊》千書万香 No.9 )








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