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‘よもやま話’ カテゴリーのアーカイブ

千書万香

2012 年 5 月 9 日 南無摩利支天

去る3月、恩師木本南邨先生(書家・高野山大学名誉教授)がお弟子さんを連れて遊びに来て下さいました。先生が全紙に大書した一字作品「慈」の前でなつかしい話に花が咲きました。

その後、書道美術新聞から原稿依頼があった際、私のことを書いて下さったようです。今日、手紙とともに新聞記事のコピーが同封されていました。

おおぜいお弟子さんがいらっしゃるのに、いつまでもこうして覚えていて下さって光栄です。ずっと前、先生がおっしゃった「君が護摩の行者なら、私は線の行者だ。」という言葉が忘れられません。

先生、どうもありがとうございます。

 

【T僧侶の実践】去る3月中旬のある日、小雪の舞う中を仲間6人と金沢へ行った。懐かしいT僧侶に会うためである。今から25年前、高野山西室院で小坂奇石先生が主宰されていた「璞社」の錬成会が初対面であった。当時、彼は高野山内の国宝・重文等を収蔵し管理研究する「霊宝館」の学芸員として務めていた。以後8年間、彼は片道2時間をかけて、熱心に私の自宅まで稽古に通い続けた。彼の純粋で鋭い感性と旺盛な研究心が相まって、実力をめきめき付けていった。私は30歳前の彼に、書の世界での活躍と将来を期待した。

「千書万香」9  木本南邨先生

「千書万香」No.9


それから8年後、彼は金沢の寺に、江戸初期に創建された古刹の住職として僧侶に専念した。そのお寺には檀家はない。当初は経済的に非常に厳しかったが黙々と信者のために汗水し、真言密教の難行を幾度となく成満し、信者からの信頼を得た。

数年前に能登の大震災では「足湯隊」を組織し、被災者に寄り添うようにケアに努めると共に、真言宗寺院の被害も調査した。また、昨年3月の東日本大震災では、1ヶ月を経ずして南三陸町に入ったと聞いた。その惨状には言葉もなく、自然の猛威と人間の無力さをつくづく思い知らされ、数回にわたって被災地を往還したという。

昨夏、東京ビッグサイトで開催された「第8回高野山医療フォーラム」で彼は、「被災地における慶弔オランティア」と題して講演し、さらに今年1月下旬にはNHK第2の「宗教の時間」でも、30分間の講話をした。反響は大きかったという。

彼は今、52歳。私たちが再会したその夜、彼は再び夜行バスで被災地へと向かっていった。

 

(2012年4月25日『書道美術新聞』《別冊》千書万香 No.9 )

 

 

金沢の「鬼門」を守る

2012 年 3 月 24 日 南無摩利支天

探訪 梅鉢寺院群  宝泉寺(金沢市)

金沢の「鬼門」を守る

 

金沢市子来(こらい)町、高野山真言宗宝泉寺(ほうせんじ)は、城下町金沢の「鬼門(きもん)」を守り続けてきた寺である。

鬼門とは、「鬼が出入りする」という北東の方角を示す。京や江戸の都市計画にも取り入れられてきた考え方である。

辻雅榮(がえい)住職(51)は毎朝、城下町金沢を一望する高台に立ち、町並みに合掌するのを欠かさない。「金沢城に音のさんが住んでいなくても、城下を守るのは使命。拝むのが自分の仕事です」

すぐそばには天狗(てんぐ)がすむと伝わる「五本松(ごほんまつ)」がそびえる。泉鏡花が「魔神の棲家(すみか)」と表現した、おどろおどろしい場所であるが、近年は見晴らしの良さから観光スポットになっている。「特に欧米の方が好きなようで、お守りを求めていく方もいます」と辻住職。

 

地下にトンネル?

 

寺の起こりは、1606(慶長11)年にさかのぼる。3代藩主、前田利常(としつね)は、剣術師範であった重臣の富田重政(とだしげまさ)に命じてこの高台に寺を築かせた、一説には、有事に金沢城を支援する砦(とりで)の役割を期待されたといい、地下には兵を送り込むためのトンネルが掘られているという言い伝えもある。

寺の本尊は、摩利支天(まりしてん)。戦いの神様である。加賀藩祖利家は、佐々成政(さっさなりまさ)と加越能の覇権を競った末森城(すえもりじょう)の戦いで、この摩利支天をかぶとに忍ばせて出陣したという。誰にも悟られず、目的を達成するという功徳があるとされる。

現在、摩利支天は秘仏として、内内陣(ないないじん)の奥に安置されている。

 

被災地を支援

 

辻住職は「仏には仏にあった場所がある。この寺は崖っぷちにありますが、やってくる人もそれぞれ崖っぷちの悩みを抱えています。本尊の代わりに行者である自分が、できることをする」。東日本大震災の被災地を月一度のペースで訪ねる支援活動を続けているのも、その思いからだ。

 

(北国新聞 2012,3,24)



金沢の「鬼門」を守る宝泉寺

金沢の「鬼門」を守る 宝泉寺

 

恩返しはしたいけど…

2012 年 3 月 24 日 南無摩利支天

「恩返しはしたいけど…」

能登半島地震から5年 がれき受け入れで揺れる輪島市

 「恩返しはしたい。でも、がれきの受け入れは…」。2007年に起きた能登半島地震から25日で5年。最も大きな被害を受けた石川県輪島市が、東京電力福島第1原発事故による放射能汚染への懸念から、東日本大震災のがれき受け入れ問題で揺れている。
能登半島地震は同市などで震度6強を記録。1人が死亡、約340人が重軽傷を負い、700戸近くの住宅が全壊するなどしたが、現在は、市内の大通りに約290店の屋台が連なる朝市にも徐々に観光客が戻って来ている。同市の復興には、がれき処理を受け入れた新潟、富山などの他県も大きく貢献した。
昨年3月、東日本大震災が発生。5年前、同市の海岸などに積み上げられた約19万トンのがれきの山を思い出し、被災地の状況に胸を痛めていた梶文秋市長(63)は同年11月、いち早く受け入れを表明した。「支援できるのは、がれきの山をよく知っている私たち。恩返しがしたい」と市民に協力を求めた。
ところが、反応はさまざま。朝市組合の小西達雄理事(59)が、受け入れの賛否を問うアンケートを実施したところ、多くの屋台が反対を表明。乾物を売る平床昌子さん(67)も「恩返しはしたいけど、がれきを積んだ車と観光バスが並んで来ると思う? 」と風評被害を心配し、いまだに受け入れは決まらないままだ。

(時事通信 3月24日(土)5時51分配信)

 

ヨウ素剤の備蓄倍増

2012 年 1 月 29 日 南無摩利支天

中能登町 志賀原発災害に備え

志賀原発の原理力災害に備え、中能登町は甲状腺被ばくを防ぐ安定ヨウ素剤の備蓄量を増やす。現在備蓄している1万8千人分の錠剤を倍程度に確実に増やし、災害時に住民に確実に行き渡る体制を整える。福島第1原発事故を受けた国の防災地域の拡大により、他の市町にも同様の動きが広がる可能性がある。

ヨウ素剤を摂取すると、放射性ヨウ素が体内に取り込まれても甲状腺に蓄積するのを抑える効果がある。原子力安全委員会のマニュアルでは、成人1回2錠を服用し、効果が持続する間に放射線ヨウ素の影響がないエリアに避難することなどを求めている。

石川県内では、県が志賀原発の半径10キロ圏内にある志賀町と七尾市に計8万8千錠を配布。羽咋市と中能登町は住民の安全確保のため、それぞれ独自に備蓄している。

中能登町は新年度予算案にヨウ素剤の購入費を計上する方向で、鳥屋、鹿島、鹿西の3地区に配布した3万八千錠を倍程度に増やす。同時に鳥屋地区の町保険センター「すくすく」で一括管理されている幼児用の粉末ヨウ素剤と服用のためのシロップや水千人分を追加する方針だ。

福島第1原発事故を受けた防災地域の拡大で、中能登町は事故に応じて避難する原発から半径30キロの「緊急防護処置区域(UPZ)」に入る。

福島第1原発事故では、政府の服用指示などの遅れで自治体が準備した安定ヨウ素剤が住民に活用されないなどの問題も起きており、中能登町は「十分な数を確保し、混乱した現場で住民が確実に服用できるようにするにはどうすればいいかを今後、研究したい」(保健環境課)としている。

 

(北国新聞・平成24年1月29日)



北国新聞 平成24年1月29日

北国新聞 平成24年1月29日

 

がれき山脈に絶句

2012 年 1 月 25 日 南無摩利支天

輪島市都に職員派遣

 

がれき処理 先進事例学ぶ

宮城で調査

 

東日本大震災で発生した「震災がれき」を受け入れる方針を示している輪島市は、宮城県女川町のがれき処理を引き受けている東京都に職員を派遣する。同町の災害廃棄物中間処理施設を視察した丹圃俊記市福祉環境部長が記者団の質問に明らかにした。【35面に関連記事】

放射性物質の徹底的な管理で広域処理を実施している先進事例を学び、安全性を確保するため。梶文秋市長が了承しているという。

女川町によると、三陸海岸沿岸部の同町は津波で約44万4千トンのがれきが発生。女川港近くの中間処理施設でがれきを木くずや金属、プラスチック類などに細かく分類し、アスベストなど有害物質も除去している。都への搬出前に空間放射線量を測定し、都のホームページで公表した上で都内23区の焼却場で処理している。

宮城県のがれき量は約1800万トンで、岩手、福島のそれぞれ約430万トンをはるかに上回る。一般廃棄物の年間排出量と比べると、23年分に相当するが、がれきを受け入れているのは山形県と東京都だけで、広域処理は進んでいない。

視察に同行した笹出陽康宮城県震災廃棄物対策課長は「輪島市の受け入れ方針をうれしく思う。(受け入れが)実現するならば市の要望に沿う形にしたい」とし、新たな中間処理施設の前向きな姿勢を示した。

 

空間放射線量 輪島市を下回る

 

丹圃部長と枡田仁志市環境対策課係長は24日、名取市、女川町、石巻市の順にがれきの空間放射線量を測定した。いずれも1時間当たり0.05〜0.07マイクロシーベルトの値で、輪島市内の測定値より低かった。丹圃部長はがれきのサンプルを採取し、石川県に放射性セシウム濃度の測定を要請していくとした。

 

富山県も受け入れ検討

 

知事表明 地元同意が不可欠

 

富山県の石井隆一知事は24日の記者会見で、東日本大震災で発生したがれきについて「被災地も困っており、大変な量だ」と述べ、県内での受け入れを検討する方針を示した。

「復旧、復興のために安全確保や市町村住民の理解を前提に、十分検討すべきだ」として、受け入れに当たっては地元市町村の同意が不可欠との考えを強調した。

2月に市町村担当者らを集め、環境省から放射線物質のチェック体制などについて説明を受ける予定となっている。

(北国新聞・平成24年1月25日)

 

北国新聞 平成24年1月25日

北国新聞 平成24年1月25日(1面)


がれきの山脈に絶句

 

宮城派遣の輪島職員

「なんとか手助けを」

 

東日本大震災から10ヶ月半。巨大な津波が押し寄せた東北沿岸には、所々に雪が解け残る荒野が広がっていた。「能登半島地震の恩返し」を掲げ、被災地のがれき受け入れに名乗りを上げた輪島市。調査のため宮語県を訪れた職員を待ち受けていたのは、がれきの山が連なる現場だった。復興の足掛かりとなるがれきの広域処理は放射線汚染への不安から前進の気配を見せず、がれきを積む重機音がむなしく響いた。(山本佳久)【1面に本記】

「がれきの山が目に入るたび心がなえる」「早くがれきを撤去し、家を直したい」。女川町で、東京都の住民説明会用に宮城県が作成したDVDを見た輪島市の丹圃(たんぼ)俊記福祉環境部長と枡田仁志環境対策課係長は言葉を失った。

沿岸部を襲った津波で壊滅的な被害に遭った女川町。都ががれきの処理を進めているが、丹圃部長と枡田係長は仮置き場を埋め尽くすがれきを見上げるばかりだった。報道陣に丹圃部長は「なんとか手助けしたい」と、がれき受け入れの壁となる放射線汚染の懸念払拭(ふっしょく)へ、強い決意をにじませた。

 

焼却で最大33倍

 

もっとも、受け入れまでのハードルは決して低くない。名取市、石巻市も合わせ、それぞれの空間放射線量は輪島市内の測定値を下回ることを確認できたが、宮城県によると、3カ所の放射線セシウム濃度は1キログラムあたり100ベクレルを超える。

国が自治体の埋め立て処分を認める同8千ベクレル以下の基準値よりはるかに低いが、焼却した際の濃度は最大33倍に凝縮されるとあっては、受け入れ側の住民に不安があるのは否めない。

ただ、木くずに限って言えば、3カ所のうち、福島第1原発に最も近い名取市の数値は約60ベクレル。「金属やプラスチック類と違い、木くずはアメで放射性物質が流れやすい。時間が経過するほど数値は低くなる」。笹出る陽康宮城県震災廃棄物対策課長はこう解説する。

 

説明を尽くす

 

名取市で、丹圃部長はがれきをサンプル採取した。石川県にセシウム濃度を測定してもらい、住民説明の参考資料とするためだ。「きちんとデータを示して説明を尽くすしかない」(丹圃部長)。住民の理解が得られる解決策を、輪島市は懸命に探している。

(北国新聞・平成24年1月25日)



北国新聞 平成24年1月25日(35面)

北国新聞 平成24年1月25日(35面)

 
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