五本松 > 卯辰山のシンボル

2012 年 1 月 9 日



『金城勝覧図誌』坤に描かれる卯辰山の五本松

『金城勝覧図誌』 坤 「五本松」



卯辰山の西端子来町、真言宗宝泉坊(宝泉寺)の地内にあり、

圍三丈ばかり、大幹五條に分れ、直立千尺空に聳え、

その幾百年を経るをつまびらかにせずといへども、

勁節龍髯老いて蒼蒼たり。希有の松樹なり。

且つ松の辺りに常夜灯を點じ、近海船舶往来の目標とす。

元禄の頃、俳人柳隠軒句空、此の地に庵を結びて閑居す。

芭蕉翁、北陸行脚の節句空を訪ひて一首。

「散る柳あるじも我も鐘をきく」を吟ぜり。

(『金城勝覧図誌』坤「五本松」より)

「卯辰山(うたつやま)の西端(金沢市子来町、宝泉寺地内)に、胴回り3丈(9.09メートル)ばかりの大きな幹が五又に分かれ、まっすぐ立って1,000尺(303メートル)空にそびえ、その樹齢は幾百年たっているのか見当もつきません。

その様子は恐ろしく強い龍のヒゲのようです。 老いても青々と茂っているまことにめずらしい松の樹であります。

夜になると、「五本松」のかたわらに常夜灯をともして、日本海をゆく船舶往来の灯台の役目を果たしています。

江戸は元禄の頃、俳人の句空(くくう)がこの地に庵(柳隠軒=りゅういんけん)を結んで、静かな住まいをしていたところ、松尾芭蕉が北陸行脚のみぎり、此処に住まいする句空を訪ね、 ここで次の一首。

「散る柳あるじも我も鐘をきく」

 
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