摩利支天 > 摩利支天のかたち

2012 年 1 月 9 日

摩利支天には、種々の形像がありますが、二臂(ひ=手の数)、六臂、八臂像に大別することができます。

二臂像については『』に、そのお姿が説かれ、持物の天扇は、摩利支天の徳である「隠れる」ということを象徴しています。

六臂像と八臂像については、宋代の天息災によって全訳をみた『大摩里支菩薩経』にその像容が説かれています。

摩利支天の乗り物としてイノシシがよく知られます。

摩利支天の乗り物 イノシシ

摩利支天の乗り物(イノシシ)



多臂像の摩利支天の持物の中でも、とりわけ針と糸が有名です。持物に針と線とを執ることは仏像の持物としては非常に珍しく、これは悪人の口や眼を縫うことを意味しています。

インドにおける摩利支天像は、ナーランダに十世紀頃の密教像があり、三面六臂の浮彫に造られています。

また三面六臂でイノシシに乗る形は、チベットにも作例があります。

中国においては、唐代頃から摩支利天信仰が始まり、『摩利支天経』の漢訳者である不空三蔵が、摩利支天像を刻み、それに大仏頂陀羅尼を書いて、王子のために守護神としたことが『表制集』にみえます。

遺品としては、五代頃の敦煌出土の紙本画が、大英博物館とギメ美術館とに残っています。いずれも唐代の盛装の天女の姿をとる二臂像で、天扇を手に執っています。太陽を背にして描かれていることは、摩利支天は陽炎にして、常に日前を行くとされていることを表わすものでしょう。

わが国では、奈良時代に不空訳の『摩利支天経』は請来されていますが、その造像例を確かめることはできません。平安時代には、入唐八家達によって同経典や陀羅尼が盛んにもたらされ、諸図像集中には唐代の服制をした摩利支天図が数多く収載されています。彫像や絹本着色の本尊像の遺品はほとんどありません。

近世になると、武人達の信仰を背景に、イノシシの背に立つ摩利支天の画像や版画が多くみられます。
時代が下がるにつれ、いさましい姿の摩利支天が多くなるようです。

摩利支天のかたち (3面16臂は省略)

摩利支天のかたち (3面16臂は省略)


「密教仏像図典 インドと日本のほとけたち 頼富本宏・下泉全暁 人文書院」

 
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