摩利支天 > 摩利支天の隠形
2012 年 1 月 9 日
元弘の乱後、征夷大将軍として活躍した大塔宮護良親王(後醍醐天皇の皇子)は、やがて足利尊氏と対立し、追われて熊野へ逃げる途中、奈良の般若寺に立ち寄りました。そこへ足利方についた一乗院の好専が、百余騎の軍勢を率いて寺内の探索にきました。
身の危険を感じた大塔宮は、仏殿に入り、フタが開いていた『大般若経』 の唐櫃に潜り込み、摩利支天の印言を結誦し身を隠します。
追っ手の兵たちは、フタの閉じてある方の唐櫃を点検し、「大般若の櫃も中をよくよく捜したれば、大塔宮は居らせ給はで、大唐の玄奘三蔵こそおはしけれ」と言って引き上げて行きました。
まさに護良親王の命拾いは、摩利支天尊の隠形の加護によるものです。





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