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不動利益縁起絵巻

2012 年 1 月 11 日 南無摩利支天

そもそも、この物語のあらすじはこうです。

三井寺の僧智興(ちこう)が重病にかかったとき、その弟子証空(しょうくう)は師の身代わりになってその重病を引き受けましたが、証空の持仏堂の本尊不動画像は、証空の志をあわれみ、証空に代わって地獄の鬼に捕縛されて地獄へ引き立てられていった..

重要文化財 不動利益縁起絵巻(部分)東京国立博物館

重要文化財 不動利益縁起絵巻(部分)東京国立博物館



智興は、ほぼ十世紀の人。鴨長明の『発心集』によると、「かの本尊は伝わりて、後白河院におわしましけり、常住院の泣不動と申すはこれなり、御目より涙を流したる形、げにさやかに見え給へけるとぞ」と記され、藤原時代末期には常住院の「泣不動」と呼ばれて、天下にその霊験がうたわれていたことがわかります。

証空の志を哀れみ、その身代わりとなった不動尊は目から涙を流し、地獄の使いの鬼に捕縛されて地獄へ引き立てられて行く様子は、古い時代の不動信仰では考え及ばない姿でした。『大日経』の説く不動尊の姿は、「威怒身猛炎、安住して盤石にあり」とあって、文字どおり動かざること泰山のごとく、また、不動尊が泣くがごとき心弱きは性格である奴隷性を、他のすべての性格に優先させたことから生まれた説話です。さとりをめざして修行しながら、他者救済のために骨身を削るという生きざまは真言行者の規範となる姿です。

不動尊には、十九観に示されるあたかもインドの奴隷を彷彿とさせる姿が規定されていますが、一方では、大日如来の教令輪身として、五大明王の中尊に位置する高い地位を得ています。それが不動信仰の大衆化、世俗化によって、前者が後者に優越する結果となり、観音菩薩や地蔵菩薩の信仰によくある「身代わり信仰」が、不動信仰にも登場するようになりました。

不動尊がもつ密教独特の怪奇さとその呪術的性格に加えて、この強調された奴隷性、すなわち不動行者に対する献身的な護身仏的性格がなにより大きな魅力です。

不動利益縁起絵巻 1巻

南北朝時代・14世紀
東京国立博物館

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「泣不動縁起絵」、「証空絵詞」の名でも知られる。絵巻の前後に欠失があるが、およその話は次の通り。三井寺の僧・智興が病にかかり、弟子の証空が師に代わってその病を受ける決意をする。第一段の絵は証空がその決意を母に告げ、母が嘆き悲しむところ。第二段は智興の坊に病の彼と病魔がおり、つづいて阿部清明が祭壇を設けて病身身代わりの祈祷を行うところ。祭壇の前にはもののけたちがいる。第三段では病を受けた証空が、苦しみのなかで不動明王の画像に助けてくれることを祈ると、不動明王がその病を受け、証空の病は消える。不動明王は縛られて冥府に向かうが、冥王はそれを見てびっくり。不動明王は直ちに解放され、雲に乗って帰還する。このあとは第四段の詞のみが残り、病の癒えた証空が母と再会し喜ぶことが書かれている。
中世に流行した説話らしく、いくつかの作品が残されているが、本巻はなかでも建物などのしっかりとした線、風景や霞などののびのびとしていまだ形式化していない筆致などが、鎌倉時代末期にさかのぼるもので、美術的にも貴重な絵巻の一本といえる。

 e国宝

 

e國寶

2011 年 2 月 11 日 コメント 1 件

iPhoneのアプリに「 e 國 寶 」というのがあります。

国立文化財機構の4つの国立博物館(東京国立博物館・京都国立博物館・奈良国立博物館・九州国立博物館)が所蔵する国宝・重要文化財の高精細画像を、多言語(日本語、英語、フランス語、中国語、韓国語)による解説とともに鑑賞することができます。

絵画・書跡・彫刻・建築・金工・刀剣・陶磁・漆芸・染織・考古・歴史資料・法隆寺献納宝物のコーナーがあります。

てのひらのバーチャル博物館です。

iPhoneのアプリの中で「電話」が最低ですが、この無料アプリは最高です。これだけで、iPhoneを使う価値が充分あります。

さて、e国宝です。たとえば、書跡コーナーに、弘法大師筆「金剛般若経開題残巻・京都国立博物館。9世紀、国宝」があります。手のひらで、お大師さんの直筆がまるごと拝観できます。その画像の精緻なこと、、、感動です!

弘法大師筆『金剛般若経開題残巻』

弘法大師筆『金剛般若経開題残巻』



「曼荼羅」という文字をめいっぱい大きくすると、ここまで鮮明に見られます。お大師さんの筆づかいがはっきりと読み取ることができます。まことにスムーズで、胸のすくような運筆です。孫過庭の『書譜』によく似た書風であることがわかります。

いやはや、とんでもない時代になりましたね。

曼



荼




羅



国宝 金剛般若経開題残巻空海(弘法大師)1巻
平安時代・9世紀
京都国立博物館
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弘法大師空海(774〜835)が著した『能断金剛般若波羅蜜経』(唐、義浄訳)の開題で、空海自身の筆になるものである。開題とは、仏教経典の題目を解釈し、その大要を述べることをいうが、空海は「顕略(顕わで略した解釈)」と「深秘(深く秘められた解釈)」という二つの観点から密教的な立場で経題を解釈している。
この京都国立博物館本は、「是の如く四行の中に無量の徳を具す」から「五色の修多羅を亦、経と名づくるが故に」までの63行を存している。この自筆本は、草書に行書を交えた書体で書かれ、所々に抹消や修正などがあるところから草稿本と見られる。草稿本だけに、かえって空海のありのままの筆跡を伝えるものとして興味深い1巻である。なお、この僚巻としては、奈良国立博物館にも38行分が所蔵されている(国宝)。
空海は、平安時代初期の僧で、讃岐の人。15歳で上京し、18歳で大学に入学したが、後に仏門に入り、四国で修行した。延暦23年(804)留学僧として入唐を果たし、その翌年には長安の青竜寺恵果から伝法灌頂(でんぽうかんじょう)を授けられ、大同元年(806)数々の聖教類・法具類を携えて帰国した。帰国後は、高野山を開創し、京都の東寺の経営などによって、真言密教の教えを弘めることに努め、承和元年(834)には毎年正月宮中において後七日御修法(ごしちにちのみしほ)を修することが勅許され、真言密教を国家仏教として定着させた。没後の延喜21年(921)、醍醐天皇から弘法大師の諡号を贈られたが、弘法大師の名は現在でも多くの人びとの信仰を集めている。また漢詩文や書道などにも才能を発揮し、書道においては三筆のひとりとして挙げられ、わが国の文化史上にも多大な足跡を残した高僧である。

 
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あいほん

2010 年 12 月 23 日 コメント 1 件

手帖は、ずっとペーパーレス。

Palm 時代からペーパーレス。
これまで、BK3 と PalmVx、BK6 と Treo650 を愛用してました。

いつのまにか、Palm の時代が去って、iPhone 花盛り。
いちおー、時流には乗ってみたけど..

Palm 時代、BK* 一つでこなせたことが、iPhone では、四苦八苦。 え、なんで?

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