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‘摩利支天’ タグのついている投稿

金沢の「鬼門」を守る

2012 年 3 月 24 日 南無摩利支天

探訪 梅鉢寺院群  宝泉寺(金沢市)

金沢の「鬼門」を守る

 

金沢市子来(こらい)町、高野山真言宗宝泉寺(ほうせんじ)は、城下町金沢の「鬼門(きもん)」を守り続けてきた寺である。

鬼門とは、「鬼が出入りする」という北東の方角を示す。京や江戸の都市計画にも取り入れられてきた考え方である。

辻雅榮(がえい)住職(51)は毎朝、城下町金沢を一望する高台に立ち、町並みに合掌するのを欠かさない。「金沢城に音のさんが住んでいなくても、城下を守るのは使命。拝むのが自分の仕事です」

すぐそばには天狗(てんぐ)がすむと伝わる「五本松(ごほんまつ)」がそびえる。泉鏡花が「魔神の棲家(すみか)」と表現した、おどろおどろしい場所であるが、近年は見晴らしの良さから観光スポットになっている。「特に欧米の方が好きなようで、お守りを求めていく方もいます」と辻住職。

 

地下にトンネル?

 

寺の起こりは、1606(慶長11)年にさかのぼる。3代藩主、前田利常(としつね)は、剣術師範であった重臣の富田重政(とだしげまさ)に命じてこの高台に寺を築かせた、一説には、有事に金沢城を支援する砦(とりで)の役割を期待されたといい、地下には兵を送り込むためのトンネルが掘られているという言い伝えもある。

寺の本尊は、摩利支天(まりしてん)。戦いの神様である。加賀藩祖利家は、佐々成政(さっさなりまさ)と加越能の覇権を競った末森城(すえもりじょう)の戦いで、この摩利支天をかぶとに忍ばせて出陣したという。誰にも悟られず、目的を達成するという功徳があるとされる。

現在、摩利支天は秘仏として、内内陣(ないないじん)の奥に安置されている。

 

被災地を支援

 

辻住職は「仏には仏にあった場所がある。この寺は崖っぷちにありますが、やってくる人もそれぞれ崖っぷちの悩みを抱えています。本尊の代わりに行者である自分が、できることをする」。東日本大震災の被災地を月一度のペースで訪ねる支援活動を続けているのも、その思いからだ。

 

(北国新聞 2012,3,24)



金沢の「鬼門」を守る宝泉寺

金沢の「鬼門」を守る 宝泉寺

 

摩利支天山春季大祭2011

2011 年 5 月 16 日 南無摩利支天

サツキとシャガとフジが満開の境内で、摩利支天山春季大祭です。

15日、午前8時半からお餅つきをしました。

もちつき

もちつき



 

たくさんのおもちができました!

おかげさまで、たくさんできました!



16日、午後2時から大般若経六百巻転読の後、お餅ちまきです。

 
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イノシシの檻

2011 年 3 月 16 日 南無摩利支天

3月16日付 編集手帳

「核」という字のなかには「亥」(=イノシシ)がいる。〈原子核には原子力をになう猪(いのしし)/…今は人に飼いならされているけれど/いつまで、おとなしくしていることか〉。吉野弘さんの詩『漢字喜遊曲・亥(イ)短調』にある◆地震で破損した福島第一原子力発電所から高濃度の放射能が漏れ出た。檻おりを破ろうとするイノシシと、それを許すまいとする人間と、極限の攻防がつづく◆政府と東京電力の統合対策本部が被災5日目にようやく発足したこと、原発の監視が仕事の原子力安全・保安院から9時間にわたって何の説明もなかったこと…など、連携の悪さも指摘されている◆不眠不休で危機封じに没頭しているさなかに背後から批判の矢を射るつもりはない。経緯は経緯、今後は今後、連携こそが“命綱”であることを胸に刻み直したはずである。それでいい◆おそらくは飲食もままならず、暴れ狂うイノシシの檻(おり)を文字どおりの命がけで封じている現場作業員の皆さんには、小欄に目を留める余裕はなかろう。それでも告げずにはいられない。あなた方の仕事に日本じゅうが今、手を合わせて祈っている――と。

(2011年3月16日01時34分  読売新聞)
「容器」の安全と、作業員の安全、そして諸機関のスムーズな連携を祈るのみです。
どうか無事でありますように。オンマリシエイソワカ

 
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天へ通じる道

2011 年 1 月 21 日 コメント 2 件

昨年の夏が暑かったせいか、この冬は雪の日が多い。

降り積もった雪を左右にかき分けると、やがて地面が顔を出す。

この石段を上って、摩利支尊天に祈れば、みんな救われる。

こころをこめ、今日も雪をかき、護摩を焚く。

みんな、春を待ちわびている。

 
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なおちゃん

2010 年 10 月 15 日 コメント 2 件

インド舞踊のなおちゃんが、遊びに来てくれました。

なおちゃんが、私の護摩壇を見て、

うわー、リングみたい。
青コーナー ○○○○~、赤コーナー ○○○○~、
そんなアナウンスが聞こえてきそう。
そして、これから、ここで、なんか、すっごい試合が始まりそう‥。
そんな、ライブな空間!
‥ 生きてるよね。

と、つぶやき、

高野山根本大塔で踊るなおちゃん

高野山根本大塔で踊るなおちゃん



護摩が終われば、

アートやねぇ。
何千回もやってきたやろ、これ?
日々新たに‥。

と、また、つぶやいた。

まず、「リングみたい」に、キュンときて、
「日々新たに」といわれて、泣きそうになりました。

さすが、アーティスト。観点がスルドイ 、とゆうか、こわい。
そうなんだよな、ここは、汗と涙の道場。

半畳に坐ったまま、どんだけ動けるか。
坐を立たずして、一切の仏事を成す。
それが、私の護摩。

15年、五千回坐って、それらしくなったのか?
30年、壱万回坐れば、ホンモノの護摩になるのか。

いや、数じゃない。日々新たに、
ただ、坐るだけ!

なおちゃん、ありがとう。

 
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