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‘冥想’ タグのついている投稿

イマージュ

2011 年 1 月 23 日 南無摩利支天

密教では、ある目的に対して特定のご本尊を祀って、それにふさわしい印言を結誦し、定められた作法に従ってご本尊をイメージする観想法を「修法」といいます。いわゆる「ご祈祷」です。後七日御修法のように国家的規模のものから、個人的な目的のためにおこなうものまでいろいろあります。

護摩供を目的別に区分すれば、息災(そくさい)・増益(そうやく)・敬愛(けいあい)・降伏(ごうぶく)の四種法があります。


  • 息災法 — 災害苦難、煩悩罪業をのぞく。
  • 増益法 — 幸福増進、福徳、繁栄を願う。
  • 敬愛法 — 和合、親睦を願う。求愛。
  • 降伏法 — 悪人除去、魔障怨敵の摧破を祈る。調伏。

    修法ごとに護摩を焚く炉の形や着衣の色などが異なります。ざっとまとめてみると、次のようになります。色や形や方角など、それぞれが最も効験があるものとされたものが伝えられています。

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光の道筋

2011 年 1 月 13 日 南無摩利支天

護摩の油煙で真っ黒になって、縒りが解け始めた 「壇線 」 をリニューアルしました。

「壇線」 とは、護摩壇の四隅に立つ四ケツと、「鳥居」と称する門柱にまとい巡らし、壇地の境界を限定し結界する「金剛線」です。五色の糸をよりあわせたもので、五仏五智をあらわします。これに三種類あって、金剛界の糸は白・青・黄・赤・黒の順によりあわせ、胎蔵 の糸は白・赤・黄・青・黒の順に次第し、不二の糸は白・黄・赤・青・黒の順となっています。いずれにせよ、金剛界、胎蔵、不二ともに白が第一で黒が最後です。

不二の糸 胎蔵の糸 金剛界の糸
壇線の引き方には種々異説があるようですが、諸流とも道場の方角に関せず、艮(うしとら)の角から引き初め、次第に四方に引き回して、また艮の角に至って巻き納めます。

壇線に金剛界・胎蔵・不二とあるように、その引き様にも三つあるようです。
金剛界 四ケツに巻くとき、上へ巻く。
胎 蔵 上より下に巻く。
不 二 巽(タツミ)のケツを上転〈金剛界〉に、坤(ヒツジサル)を下転〈胎蔵〉に、
乾(イヌイ)を上転〈金剛界〉に、艮(ウシトラ)を下転〈胎蔵〉に引きます。「甲金乙胎」。
当山の護摩壇は、先例どおり胎蔵の糸 (胎線) を調達し、不二の引き様で引き回しました。

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下里

2010 年 10 月 8 日 南無摩利支天

たまたま、本屋さんで手に取った雑誌の1ページが目に止まりました。

沖に出ないと、波には乗れない。

自分から漕ぎ出さないと、沖に出られない。

自然のリズムに私を合わせないと、波には乗せてもらえない。

それは、今、ここで、他者とともに生きることと、同じではないか..

ふと、そんなことを考えたら、その場から動けなくなりました。

和歌山・下里

和歌山・下里ポイント


世界各国には、サーファーを圧倒させる波がある。そして、その波を追い求める若者達がいる。フォトグラファー木本直哉、彼もそのひとり。縦横無尽に動き回り、多くの瞬間を取り寄せ抑えて来た。誇るべき「日本の波」を紙面で感じてもらいたい。

THE ROAD 日本を誇る波たち
Discover Japan / The Wave of  Nippon 2010
『SF1SY』 #091

下里のレフトハンダーです。

その昔、リーフで足を切りながら、海パン一丁で、もう疲れて、動けなくなるまで入って、

アプスンも、カットバックも、全部ここで習いました。

あの頃、ここでおこなわれた某大会で準優勝し、トロフィをもらいました。30年前の想い出です。

そして、忘れられない出来事が。

あれは、あるフラットの日。

地元の漁師さんいわく、今日午後2時頃、津波が来るらしい、と。

それで、しばらく車で寝て、予定時刻の10分前から海に入って、

たった一人、黒い海に向かって漕ぎ出しました。

予定時間を少し過ぎた頃、

さわさわ~と、風が吹いて、にわかに海面がうねりだしました。

そして、沖から頭くらいのセットが入ってきました。

言い知れぬ不安に包まれながら、まず1本。

また沖に出て、1本。

さらに、もう1本。

丁寧に乗りました。

それから、しばらくして、うねりが消えました。

ただ、それだけで、無事でした。

このことがキッカケで、

海に入るたび、手を合わせるようになりました。

そして、30年。

ただ、手を合わせるだけになりました。

 
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レッスン

2010 年 9 月 22 日 南無摩利支天

美術の先生からお聞きしたお話しです。
K(高一生)がいつもお世話になっています。

デッサンは言語です。
自分の想い描くイメージを他者に伝えるための「言語」です。
「言語」がまずければ、自分の想いを伝えることができません。
だからこそ、正しい「言語」を身につける必要があるのです。
クリエイティブなことをする前に、まず、デッサンを身につけることが大切です。

自分の手から、表現したい「言葉」をほとばしらせるレッスン、それがデッサン..

自分の言葉で、自らの境地を表現できたら、そのとき、そこが、Kのスタート地点。がんばれ!

私たち真言行者は、先徳が苦心の末、編み出したさとりへの階梯を言語化したプログラムに基づいて修法しています。

ただ、書かれた文字をたどっても、先徳と同じ境地が味わえるものでありません。アタマでわかったとしても、さとりを実体験することはとてもむつかしい。

投げ出したくなることもありますが、それでも、毎日繰り返します。プログラムを追体験し、言葉にならない声を聴きながら、目に見えないものを観ながら、さとりを人格化する工夫を続けてゆくほかありません。

私にも、さとりの経験をデッサンできる日が来るといいなぁ..
Kも私も、まだまだ、ヘタクソ。話になりませんが。

 
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仏法の怨霊

2010 年 1 月 9 日 南無摩利支天

与えられた仕事を一生懸命なしとげることが、そのまま仏道修行に通じると説いた仏教者がいます。鈴木正三 (1579 – 1655) その人です。

三河武士であった正三は、常に生死について考えてきたようで、42歳で出家してからも、より在家の人々に近い立場で仏教を思索し、特定の宗派に拘らず、念仏などの教日々の職業生活の中での信仰実践を説いたといわれています。

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