今こそ音楽が欲しいのに..
あれから、聴く音楽がない..
ずっとそう思っていました。テレビも見なくなりました。
でも、ちょっと音楽が聴きたくなるときがあります。
… 同じこと、思ってる人がいました!
4月7日。東日本大震災から早1ヶ月がたとうとしています。
ここ宮城県の内陸部は津波に襲われることもなく、ライフラインが復旧し、ガソリンも長く並ばなくても満タンに入れられるようになりました。
この1ヶ月、音楽について感じたあれこれを書いてみたいと思います。
家のかたづけと水の確保に明け暮れた10日間、ロウソクの灯りで夕食を済ますと、することがありません。7時には布団に入りました。(CDラジカセの)ラジオをつけて長い夜をすごしたわけですが、地震に関する情報ばかりで音楽は全くかかりません。電池が惜しかったけどCDを聴きました。しかし余震が頻繁にくる状況では音楽に集中できず、癒されることもなかったような気がします。崩れてグチャグチャになったCDの山から「これはいいかな」と思って選んだアルバムもドラム音の強い音楽は体が受けつけません。大好きなローラ・ニーロも途中でやめてしまいました。感情がたかぶる歌に対して、こちらが同期しなかったのでしょう。ボブ・ディランの初期作品とヴァン・モリスンが、枕元で静かに歌ってくれました。
震災から10日過ぎたあたりからラジオで音楽がかかりはじめました。平原綾香、ミスチル、ゆず…。今の日本でもっとも支持されているであろう音楽を選んでいるのでしょうが、これが心に響いてこないのです(ごめんなさいね、名前をあげてしまった歌手の皆さん)。私たちの財産である20世紀(一部21世紀)ポピュラー音楽にはそれが戯れ歌の類いでも、もっと根っこから鼓舞してくれる歌や静かに寄り添ってくれる歌があるのではないでしょうか。
宮城では1週間遅れで放送された「サンデー・ソングブック」震災特別プロジェクトで山下達郎さんがおしゃってました。「こういう非常時にはリスナーの年齢層が’より幅広く、最大公約数的な、意味もわかる邦楽がかかる傾向にある。が、こうした空気のなかでも聴いていただける歌がもっとある」そういう旨の話をしたあとフランク・シナトラの「クロース・トゥ・ユー」やポール・ウィリアムスの「レット・ミー・ビー・ザ・ワン」をご自身の曲と交互にかけていました。エンディングで歌の意味も説明していました。ガソリンを買うために長時間並んでいたクルマのなかでそれらを聴き、泣けました。達郎さんのような同時代を生きるミュージシャンがいて私はしあわせです。
「ラジオ図書館、立川談志の78回転のうた」というラジオ番組をエアチェックした約30年前のカセットテープを、見舞いにきた弟が持ってきて、昼ご飯を食べながらみんなで聴きました。 ディック・ミネ、古川ロッパ、エノケン、岡春夫。アメリカのジャズに強引に(あるいはおもしろ半分に)日本語をおせた戦前の歌謡曲を談志が小気味良い口調で紹介しています。なんにもなかった時代の再現ともいえる飯台に、それら昭和初期の歌がハマッたのでしょうか。それら昭和初期の歌に人を元気にする力が保存されていたのでしょうか。あるいはまた先人達の元気とつながりたい気分に私たちがあったということなのでしょうか。そこにいたみんなが「いいね、いいね」と言いながらご飯を食べました。
4月に入って「復興支援ソング」と称する曲がラジオで流れはじめています。ミュージシャンが被災地に思いを馳せ、言葉をつむぎ、メロディをつける。やさしいなと思います。しかし、これまた響いてこないのです(そのすべてを聴いたわけではありませんが)。音楽に反応するこちらのアンテナの振動板が、地震でずれてしまったのでしょうか。今こそ音楽が欲しいのに…。
宮城県遠田郡 三浦正恵(『Musuc Magazine』May 2011)
わ、ほんとだぁ〜
フランクシナトラ、ポールウィリアムス、エノケン、ロッパ、最高!



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