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‘経典’ タグのついている投稿

日出先照高山

2010 年 9 月 24 日 南無摩利支天

お経は「カラダで読め」といわれています。

たとえば、仏さまのさとりをそのまま、相手の立場を考えないで説いたお経があります。むつかしいです。それでも、歯を食いしばって、なんとか読む。そうすると、読み終わったら、何かわからないけれど、スッと開ける…

口語全訳華厳経 全二冊

口語全訳華厳経 全二冊



わかっても、わからなからなくもいいから、とにかく頭からしっぽまでぜんぶ読む。机の前に踏んばったまま、ずっと読む。漢文の白文のままではむつかしいので、読み下しのものでもよろしい… と。

たとえ、わからなくても、なんべんでも、くりかえしくりかえし、カラダで読むうちに、だんだん熟してきて、やがてアタマの上まで上がってきて、はぁと納得できるまで読む..

華厳の教説は、峨々たる高山のいただきに照る明け方の日光の若々しさと爽々しさと神々しさに満ちているらしい。青年仏陀のさとりの一念を主題としているそうな。

夏バテのな怠惰な私を奮い立たせ、いっちょう、『口語全訳華厳経』 読んでみるか~
いざ、集中!

 
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黄金の煌めき

2010 年 1 月 6 日 コメント 1 件

新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

昨年末、日曜美術館「クリムト 黄金にきらめくエロス」を見ました。再放送のようですが、あまりテレビを見ない私にとっては、氣の早いお年玉のような番組でした。

世紀末のウィーンで活躍したグスタフ・クリムト(Gustav Klimt 1862-1918)が、黄金を駆使した絵の由来を辿るとともに、タブーを無視してエロティックな女性美にこだわったクリムトの反骨ぶりを描くという構成でした。アートディレクターの結城昌子さんが解説をし、姜尚中さんと中條誠子さんが司会をしていました。

アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 クリムト

アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 クリムト



おかげで、クリムトが金を多用した時代の頂点を示す傑作『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像』をハイビジョンで拝見することができました。

ほとんど画面全体を金が覆い、金箔や金粉、金泥など、さまざまに加工された金が陰影に富んだ輝きをもたらしています。金色に包まれているのは、ウィーン社交界の花、アデーレ・ブロッホ=バウアー。前を見て艶やかに微笑んでいます。アデーレのドレスは、長方形や三角、渦巻きや眼など、無数の文様に彩られています。アデーレの顔や胸元だけがリアルに描かれ、後はまばゆい黄金の装飾にしめられています。まるで平安仏画のようです。

ルネサンス以降の近代画家たちがあまり使わなかった金をクリムトは、なぜこれほどまで多用することになったのか、その要因の一つとして、クリムトが金細工師の家に生まれたことをあげていました。

番組内で金細工の職人が、クリムトの『接吻』を見ながらコメントをするというシーンがありました。

「この絵にはものすごく小さな金箔が使われています。このうねっているような輪郭線は一本の極細の金箔ですし、こちらの方は極薄の金箔です。こうした細工はとてもむつかしい技です。他にも至る所にすごく手の込んだ装飾的な仕上げがなされています。こういうテクニックはとてもすばらしくて感銘を受けます。とゆうのも、今、もう私たちはこんな特殊なことができませんから..」。

このひとことを聞いて、即座に「金泥」「切箔」「截金」など、金を扱う技法で表現された仏教美術が脳裏をかすめました。

紺紙金銀字一切経

紺紙金銀字一切経(見返絵)12世紀



金や銀の微粉末をニカワでといて、金銀泥をこしらえ、それでもって紺紙に書写したものには、『国宝・紺紙金銀地一切経(中尊寺経)高野山金剛峯寺、12世紀』などがあります。濃紺で染められた紙に金と銀で表現された絵と経文がまばゆい輝きを放っています。

仏画の装飾にも、ふんだんに金が用いられています。全身が黄金づくめの絵画があります。『伝船中涌現観音(国宝・高野山龍光院所蔵、12世紀)』です。金をたたき、薄くのばして、それをさらに細く切って線をこしらえ、それで輪郭や模様を表現する截金(きりがね)とゆう技法で描かれています。氣の遠くなるような、氣絶しそうな精緻な技です。

クリムトの絵の構成には、琳派や浮世絵などの影響も指摘されていましたが、その琳派の作風も、平安時代のそれらに習うところが少なくありません。いうなれば、クリムトが感銘を受けたであろうジャポニズムは、すでに12世紀に完成していたのです。絵画と工芸の融合は言うまでもなく、書までも渾然一体となって、より高度な総合芸術として窮めつくされているのです。

さらに驚くべき事には、本来、聖なるものに用いられるべきはずの「金」が、世俗的なテーマを表現する場面でもすでに活用されていることです。それがまた、クリムトの時代のウィーンの氣分であるとするならば、日本では「末法無仏」の時代に当たる平安時代後期に、私たちの祖先がすでにそれも経験してしまっているのです。

扇面法華経冊子 巻第七 四天王寺 12世紀

扇面法華経冊子 巻第七 12世紀



ここに見る『扇面法華経 四天王寺、12世紀』は、扇形の紙に隈染め(くまぞめ)や墨流しを施した上に、金や銀の切箔を効果的に散らし、庶民の生活の一場面が描かれています。ド派手な装飾を凝らした紙に風俗画を描き、そこに経文をしたためるというところが、これまたユニークです。

さらに『平家納経』に到っては究極の美を堪能することができます。

クリムトの作品を通じ、改めて日本人の精緻な技と大胆な発想に胸が躍りました。

神々しいあの瞬間を、いかに描写するか、その到達したところは「黄金」の煌めきです。

 
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美をつくし

2009 年 2 月 12 日 コメント 2 件

平清盛が厳島神社に写経を奉納したことから「平家納経」といわれています。「平家納経」は、『法華経』28品と『無量義経』、『観普賢経』を各1巻に仕立て、装丁にさまざまな装飾をこらした装飾一品経です。これらに、さらに『阿弥陀経』、『般若心経』そして清盛自筆の願文を加えた一具33巻として、まとまって厳島神社に伝来しています。

ここにみる「薬王品」の見返し部分には、当時の貴族の信仰生活が描かれています。経典を持つ女性が、蓮池を隔てて、阿弥陀如来の来迎(極楽浄土へのお迎え)に対する場面がドラマチックに描かれています。

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白象の普賢

2009 年 2 月 7 日 コメント 1 件

仏の心を学ぶものは白象の普賢に出会うといわれています。

高野山時代、高野山霊宝館で、国宝金銀字一切経(中尊寺経)4,296巻を調査中、たまたま出会った感動の一巻が、『超日明三昧経』巻下です。経典をひもといた瞬間、象に乗った見事な普賢菩薩が飛び出しました。

そこには、深い山の洞窟で、修行に没頭する行者の眼前に、白い象に乗った普賢菩薩が影現する様子が描かれていました。とても1,000年以上前に製作されたものとは思えない美しいものでした。

この見返絵と出会ったとき、なぜか、時間も空間も飛び越え、画面向かって左下の行者と一体になるような、なつかしさを覚えました。まだ私が僧侶になる前のささやかな経験です。

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